後骨間神経麻痺の症例

後骨間神経麻痺(回内筋症候群)の症例

患者:50代男性

主訴:右手の指を伸ばす事が出来ない。

所見:橈骨神経の分枝である後骨間神経の障害

整形外科では、頸椎の問題だから頚椎の手術をしましょうと言われていたようです。

指を伸ばす神経は後骨間神経ですが、後骨間神経(橈骨神経深枝)は橈骨神経から伸びた先の分枝です。

もしも橈骨神経そのものが障害されていれば、確かに頚椎の手術は考慮するに値しますが、今回の症例はあくまで橈骨神経の分枝である後骨間神経の障害です。ようするに障害部位は頸椎ではなく肘部分ですから、これで頸椎の手術は必要ありません。

赤丸がフロゼのアーケードと呼ばれ、回外筋という肘の筋肉によって神経が圧迫損傷される場所です。

・橈骨神経浅枝は知覚神経

・後骨間神経は運動神経

グレイ解剖学 原著第一版より抜粋

この方は、手首の掌屈背屈運動は正常。手の知覚も正常。ですが指の伸展運動に著しい障害がありました。

2017年8月18日。初回来院時に撮影。

簡単な検査ですが、これだけでも神経の大元である橈骨神経そのものの障害ではない事はすぐに判ります。

川の流れをイメージしてみて欲しいのですが、上流がせき止められれば下に水は流れてきません。もしも川の上流である橈骨神経そのものの障害であれば、知覚も運動も両方障害されなければいけません。ですが、この方の場合障害されているのは運動機能のみですから、神経が障害されている部位は上流の頸椎部分では無く、分岐点である肘部位であると直ぐに判ります。

簡単な検査をすれば見抜ける問題ですが、病院では画像のみで手術の必要ありと判断したようです。

50代という年齢からすれば、頸椎のレントゲンやMRI画像上には何らかの退行性変異(変形)があるのは当然ですが、多くの場合はそれらは障害の原因にはなりません。

当院で行う徒手による整形外科検査は慣れれば簡単ですが、病院の医師はあまりやらないようです。

~後骨間神経麻痺の発症原因~

①構造(圧迫)

後骨間神経麻痺というのは、末梢神経絞扼障害といって末梢神経が長期間何らかの物理的な圧迫を受けつづける事で、神経を保護するカバー(ミエリン鞘)が損傷する疾患です。

※一般的には、こういった神経障害は長期間の圧迫によって起こるとされるのですが、個人的には長期間の圧迫と牽引であろうと思っています。

神経線維を保護する絶縁体であるミエリン鞘が損傷する事で、神経内部を伝導していくはずの情報量が低下します。

例えば電線は、ゴムカバーによって保護されて漏電を防ぐ事で電気を遠くまで運びますが、ゴムが損傷すれば途中で漏電が起きて電気の送電量は低下するでしょう。

末梢神経絞扼障害というと難しく感じますが、ゴムカバーの破れた送電線をイメージされると良いでしょう。

運動神経線維は脳からの指令を末梢の筋肉に届けるのが役割ですが、カバーの破れた神経線維は、正常に脳からの命令を筋肉まで届ける事が出来ません。その状態が神経麻痺です。

回外筋による長期間の圧迫が、まず一つ目の発症因子です。

②構造(牽引)

一般的には、神経絞扼障害の原因は患部組織の圧迫のみで説明される事が多いのですが、私の個人的観察経験からすると明らかに神経線維の”牽引”も破壊因子であろうと考えています。

神経線維に限定しませんが、我々の体は実は圧迫には比較的強いのですが、牽引には脆いという特徴があります。低気圧の時に体の節々が痛むという経験のある方も多いと思うのですが、これは普段の高気圧から低気圧に移行する際、体が膨張し個々の組織に対して膨張圧(牽引圧)かかるせいです。

膨張圧(牽引圧)が判りずらければ、どこでも結構ですから身体の一部をつまんで強く引っ張りましょう。それが牽引圧です。

私の観察上ですが、実はこの種の障害を発症される方には特徴的な体の問題、いわゆる”身体の歪み”が存在します。

患側の肩甲骨の外方への移動。いわゆる巻き肩です。

立体的に橈骨神経の走行と巻き肩を組み合わせてイメージすると理解できると思いますが、巻き肩になるという事はつまり、同側の橈骨神経には牽引圧が加わります。

短期間なら問題ないと思うのですが、数年単位の長期間の牽引圧が続けば患側の神経に対する栄養の供給障害を誘発しますから、組織の異化同化のバランスは崩れ(貧栄養状態ですから当然異化が優先するでしょう)神経線維外側のミエリンは崩壊しやすくなるでしょう。

そこに回外筋の異常緊張による圧迫が加わればとどめを刺された状態になり、神経麻痺が発症します。

③構造(腕橈関節の可動性亢進)

巻き肩による神経線維への牽引圧。回外筋による圧迫。

この2つが直接的な神経の破壊因子だと思うのですが、ではなぜ右の回外筋は神経線維を破壊するほどの異常緊張を起こしたのでしょうか?

なぜ右なのでしょう?なぜ左では無いのでしょう?

その答えは、関節運動のバイオメカニクスです。

実際には、腰椎部からバイオメカニクス上の問題が発生していると考えていますが、判りやすいように上肢帯に限定して説明しましょう。

まず、本症例のクライアントは右利きですから常に日常の生活動作の中で、右手を前に伸ばす動作(PC操作等)が多いことが予想されます。

右手を前に伸ばすという事は同側の胸筋群、前鋸筋等の恒常的な緊張→短縮を生み、結果的に肩甲骨の外方移動(巻き肩)を誘発します。

肘の動きは構造上、腕橈関節→肩甲上腕関節→肩甲胸郭関節と連動します。

巻き肩が生じる事により運動エネルギーの分散障害(クッションが効かなくなるという意味です) がおこりますから 、結果として肘関節(腕橈関節)の可動性亢進が生じます。

この可動性亢進関節のサポート役として回内筋は異常緊張を起こすのですね。(実際には円回内筋との関係もあるでしょうが割愛します)

そして、回内筋により後骨間神経の圧迫が起こり、やがて神経麻痺へと繋がっていくのですね。

化学

化学というと難しく感じますが、単純に栄養と考えましょう。 ミエリン鞘の崩壊とは、牽引と圧迫が組織に貧栄養化を招き異化が同化を上回った結果です。加齢により胃酸の分泌量は低下し、結果的にタンパク質、ビタミン類の吸収量も低下します。

加齢により多くの障害は発症しますが、その殆どは胃酸分泌能力低下による栄養素の吸収能力低下が根底には存在します。   牽引や圧迫等の物理的ストレスはいわば加算因子であって、根本原因は質的栄養失調による組織の耐性低下であろうと考えています。

当院での実際の対処

後骨間神経麻痺の原因は物理的ストレス(牽引・圧迫)と化学的ストレス(質的栄養失調)です。

ですから改善に必要なのは、両者のストレスを取り除き、崩壊したミエリン鞘(神経カバー)の再生を待つ事です。

物理的ストレスにはカイロプラクティック・鍼灸で対処し、化学的ストレスにはサプリメント、プロテイン、食事制限を行いました。

カイロプラクティック・鍼は週一ペースで、 栄養素のアドバイス は大体2か月程度に一度、経過を見て内容を修正しました。

2017年8月に施術を開始し、2018年12月には手首の尺屈運動と指の伸展可動域に明らかな改善がみられるようになりました。クライアントは趣味でギターを弾かれる方で、バンド活動を楽しめる程度に回復したいとのご希望でしたが、ギター演奏も随分支障が無くなった様です。

2019年1月現在も、更なる改善を目指し通院中です。

栄養療法について

一般的に、こういった疾患で整形外科を受診するとメチコバール(ビタミンB12)を処方されるのが常ですが、その効果はあまり芳しいとは言えません。

何故でしょうか?

ビタミンB12の作用は、神経を修復する酵素の働きを助ける事ですから神経疾患患者にビタミンB12を与えるのは理論上間違いではありません。

ですが、実際にはビタミンB12を処方されても改善例が乏しいため、ビタミンB12の効能や、栄養的アプローチに否定的な意見をネット上では散見します。

ではなぜメチコバール(ビタミンB12)は思ったような効果を発揮できないのでしょうか?

簡単なたとえ話をしてみましょう。カレーライスにジャガイモは付き物ですが、ジャガイモだけではおいしいカレーライスを作る事は出来ません。

ジャガイモがカレーライスに成るためには協力因子として、お肉やニンジンや玉ねぎやカレールウー等が必要になる筈です。

それと同じ事で、ビタミンB12が体内で活躍する為にはその他の協力因子が必要なのですね。

まず、ビタミン剤というのはB12に限らず補酵素ですから、充分な酵素が必要です。十分な酵素を作るためには十分なタンパク質の摂取が必要ですし、出来上がった酵素がしっかり働く際には、補因子であるミネラルも必要です。

つまり、ビタミンB12の効果を引き出すための前準備や、協力因子がしっかりそろっていないとビタミンB12本来の能力を引き出すのは無理なのですね。栄養素は単体ではなく、かならず複数の協力因子と共に活躍するチームプレーヤーである事をしっかり理解すべきです。

ですから、メチコバール(ビタミンB12)が効かないのではなく、メチコバールのみではあまり効果が出しづらいと解釈すべきです。

ピッチャーだけで野球は勝てませんよね?ジャガイモだけではおいしいカレーライスになりませんよね?

また一口にビタミンB12といっても実際にはシアノB12、アデノシルB12、ヒドロキシB12、メチルB12と4種類が存在しますし、それぞれに少しずつ働きも違う様です。

全て異なる種類のビタミンB12です。

栄養療法というのは、勉強も難しい分野ですし臨床に取り入れるにはなかなか困難です。また世間的には栄養療法に良く似た単なる「サプリメント商法」も氾濫していますから、真面目に施術をしている多くの先生方はサプリメントの使用に関して積極的では無いケースを散見します。

ですが、正常な体の維持・再生には栄養素というのは必須条件ですから、「メチコバールなんか効かない」と切り捨てる前に

「ではなぜ効かないのか?」という考察が必要でしょう。

以下に実際に、今回の症例で使用したサプリメント類の一部を公開します。

・Betain HCL(胃酸不足の補助)

加齢に伴い胃酸の分泌能力は低下し、結果的に栄養素の吸収能力も低下します。つまり胃酸減少はイコールで組織の耐性低下を招きますから、組織は圧迫・牽引等の僅かなストレスにも傷つきやすく、修復されずらくなるという事です。神経麻痺に限らず全ての慢性疾患の根底には胃酸不足による組織の劣化があると考えるべきです。

・Yaeyama chlorella(重金属等の排泄)

加齢に伴い体内に重金属(水銀、鉛等)が蓄積する事で、ミトコンドリアの機能低下とメチレーション機能低下(低メチル化)が起こります。

ミトコンドリア機能が低下すれば当然、栄養素は細胞内に吸収されませんから、どんなサプリメントをとっても貧栄養状態の改善は無理ですし、低メチル化があればセントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質)は正常に働きませんから、正常な組織の維持も修復も困難になります。

・Curcumin(解毒臓器のサポート)

重金属の排泄の際には、解毒臓器である肝臓、腎臓には負担がかかる事が予想されます。過剰な解毒臓器への負担を防ぎ、副反応を防ぐために、重金属排泄時にはこういった解毒臓器のサポートも同時に必要です。

・ビタミンC(活性酸素対策)

重金属排泄時には大量に活性酸素が発生します。活性酸素による副次的障害を防ぐために重金属排泄時には同時に活性酸素対策も行います。

・E400 d-alpha- tocopheryl(活性酸素対策等)

ビタミンCと共に主に抗酸化作用を担いますが、副腎ホルモンの産生等にも寄与します。一定量以上のビタミンCを服用する際はビタミンCの突出によるヒドロキシラジカル産生を防ぐためにも必要です。

・Methyl Folate(メチレーション対策)

メチル葉酸。重金属の蓄積等によりメチレーションが低下すると、正常な組織の修復が困難になります。葉酸回路が十分に働かないと核酸が作られませんから、セントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質)の働きが阻害されるのですね。

重金属対策と同時に、低メチル化対策として必要になるケースがよくあります。

・マルチミネラル(解毒対策)

重金属の排泄をクロレラで行う際には、体内で必要なミネラルも同時に排泄されてしまうので、その分を補給する必要が生じます。